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東京地方裁判所 平成9年(合わ)260号 判決 1998年1月19日

主文

被告人を懲役七年に処する。

未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。

押収してある果物ナイフの柄一個(平成九年押第一九五五号の1)、果物ナイフの刃体一個(同押号の2)及び果物ナイフの刃体先端部一個(同押号の3)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  賭博による借金の返済などに窮したため、パチンコの景品交換所に勤務する知人A(当時六一歳)から金員を強取しようと企て、平成九年八月七日午後一時二三分ころ、東京都大田区甲野樹脂株式会社パチンコ景品交換所内において、同人に対し、そのすきをついてやにわに所携のセラミックナイフ(平成九年押第一九五五号の1ないし3はその一部)で頚部を二回突き刺す暴行を加え、その反抗を抑圧した上、同所にあった同人管理にかかる景品交換用の現金を強取しようとしたが、同人に抵抗されたため金員強取の目的を遂げず、その際、右暴行により、同人に対し入院加療約一か月間を要する頚部刺創等の傷害を負わせ、

第二  業務その他正当な理由による場合でないのに、前記日時場所において、刃物である前記セラミックナイフ(刃体の長さ約一三センチメートル)一本を携帯し

たものである。

(証拠の標目)《略》

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、判示第二の事実について、被告人が携帯したセラミックナイフ(以下「本件ナイフ」という。)は銃砲刀剣類所持等取締法に規定する刃物に該当しないと主張するところ、その趣旨は、本件ナイフの材質がセラミックスであって鋼質性ではないことを理由として同法二二条にいう「刃物」に当たらない旨をいうものと解されるので、以下検討する。

二  警視庁科学捜査研究所物理研究員中村昌義外一名作成の平成九年一一月二五日付け鑑定書(本件ナイフに係るもの)、司法警察員作成の裏付捜査報告書(京セラ株式会社鹿児島川内工場機構部品事業部作成の営業用技術資料等添付のもの)、警視庁科学捜査研究所物理科主事三宅勝二外二名作成の昭和六一年一月六日付け鑑定書写し(後記(8)の二本の包丁に係るもの)をはじめ、前掲の関係各証拠によれば、次の事実が認められる。

(1)本件ナイフは、京セラ株式会社が製造販売しているもので、商品名を「ライトキッチンマイペティLK-43」と称する製品である。(2)その形状は、鋼質性の刃体部と木製等の柄部から成る片刃の金属製包丁とほとんど同一であって、その大きさは、全長約二四センチメートル、刃体の長さ約一三センチメートル、刃体の最大幅約三・〇センチメートル、同部位の棟の厚み約一・九ミリメートルである。(3)その刃体の材質は、酸化ジルコニウム(ジルコニア)を主成分とする白色のセラミックスであり、その柄の材質は、赤色のポリプロピレン樹脂である。(4)本件ナイフの刃体の刃先の硬度をビッカース微少硬度計で測定すると(測定条件は荷重五〇〇グラム、保持時間三〇秒)、切先からの距離が二・五センチメートル、五・〇センチメートル、七・五センチメートル、一〇・〇センチメートルの部位で、それぞれビッカース硬度(Hv)の値が一三五〇、一四六〇、一二八〇、一四六〇であり、その平均値は一三九〇程度であった。(5)本件ナイフは、前記のとおり、判示第一の強盗傷人の犯行に凶器として使用されており、被害者は、本件ナイフを頚部に突き刺され、入院加療約一か月間を要する頚部刺創等の傷害を負っているところ、右頚部及び左頚部の刺創は、二つとも幅約四センチメートル、深さ約一〇センチメートルに及び、特に右頚部については、内頚静脈と頚動脈の間をすり抜ける状態で刃体が刺さったものであって、その部位が数ミリメートルずれていた場合には死に至る極めて危険な負傷状況にあった。(6)「ライトキッチンマイペティLK-43」のセラミックナイフは、平成七年四月から販売が開始され、全国の大型百貨店などで台所用品として広く一般に販売されており、その定価は四三〇〇円、被告人が購入したトポス野毛店での販売価格は三五九〇円である。なお、今日においては、右以外にも様々な型式のセラミックナイフが同様に商品化され、製造販売されている。(7)「ライトキッチンマイペティLK-43」のセラミックナイフの刃体部の商品特性として、材質の部分安定化ジルコニアZ201N(通称ファインセラミック)は、鋼やステンレスを超える硬度をもっていること、曲げに関わる靭性については刃先を固定して約五キログラムの荷重をかけ切断したとのテスト結果があり、名刀といわれる鋭い切れ味、硬度をもつ刀が曲げに弱いことと相通ずるものがあること、圧し切りの切れ味については、厚さ九ミリメートルのフェルトを用いて切断試験を行った結果、八・二キログラムの荷重で切断しており、鋼やステンレス製の包丁と比較しても同等の切れ味を保有することが指摘されている。(8)ともに同様の形状を有する二本の包丁、すなわち、刃体の材質が酸化ジルコニウムを主成分とするセラミック製包丁一本(刃体に「kyocERa TESTAR」の文字が記されているもので、「ライトキッチンマイペティLK-43」とは別のもの)と、刃体の材質が炭素鋼の金属製包丁一本(刃体に「木屋」の文字が記されているもの)とについて、刃体の硬度を微少ビッカース硬度計により対比すると(測定条件は荷重五〇〇グラム、保持時間三〇秒)、セラミック製包丁の硬度は、刃先及び鎬地とも一四〇〇程度であり、金属製包丁の硬度は、刃先が八〇〇程度、鎬地が二〇〇程度であった。(9)前記(8)の二本の包丁について、曲げ強度を万能材料試験機を用いた抗折試験によって対比したところ、セラミック製包丁は、金属製包丁よりも大きな曲げ強度を有していた。(10)前記(8)の二本の包丁について、切れ味をKC-4計量研型切味試験機により対比したところ、金属製包丁は、セラミック製包丁よりも初期切れ味においては優れているが、強制劣化により次第に切れ味が悪くなり、一六回の強制劣化後においてはほとんどセラミック製包丁と差がなくなり、他方、セラミック製包丁は、三二回の強制劣化後まで切れ味に大きな変化がみられず、切れ味耐久性に優れていた。

三  以上のとおり、本件ナイフのようなセラミック製品は、その形状が金属製包丁(鋼質性のもの。以下この項において同じ。)とほとんど同一であるばかりでなく、金属製包丁に匹敵するか又はこれを上回る刃体の硬度、曲げ強度及び切れ味があり、金属製包丁と同様その用法において人を殺傷する性能を有することが明らかであって、その殺傷能力は、現に判示第一の強盗傷人の犯行において如実に示されている。また、本件ナイフのようなセラミック製品は、広く一般に販売されており、社会通念上も、金属製包丁と同様のものと扱われている。右のような事情に加え、銃砲刀剣類所持等取締法二二条が昭和三七年法律第七二号により改正され、当時多発した刀剣類以外の刃物を用いて行う殺傷事件の防止を図る等の観点から、規制の対象が「あいくちに類似する刃物」から「総理府令で定めるところにより計った刃体の長さが六センチメートルをこえる刃物」へと変更された経緯及び趣旨にも照らせば、本件ナイフは、まさに同条にいう「刃物」に当たるものと解するのが相当である。従来、同条にいう「刃物」の意義については、その用法において人を殺傷する性能を有する片刃又は両刃の鋼質性の用具で刀剣類以外のものをいう旨の見解が広くみられたが、右見解が本件ナイフのようなセラミック製品をも念頭に置いて示された形跡はなく、本件ナイフのようなセラミック製品が広く一般に販売されている現時点においても、なお右の見解を文字どおりに解し、その材質が鋼質性ではないという一事をもって、その他の点では右見解にいう要件を満たすにもかかわらず、本件ナイフを同条にいう「刃物」から排除するのは、相当でないといわざるを得ない。

四  以上の次第で、鋼質性の金属製包丁に匹敵するか又はこれに優る刃体の硬度、曲げ強度及び切れ味があって、その用法において人を殺傷する性能を有し、社会通念上も鋼質性の金属製包丁と同様のものと扱われている本件ナイフは、刃体の材質が鋼質性ではなく酸化ジルコニウムを主成分とするセラミックスであっても、銃砲刀剣類所持等取締法二二条にいう「刃物」に当たるものと解すべきであるから、弁護人の主張は採用できない。

(量刑の理由)

本件は、金員を強奪するため、セラミックナイフを凶器として使用し、景品交換の業務用に多額の現金を取り扱っていた知人を襲って重傷を負わせたという強盗傷人及び銃砲刀剣類所持等取締法違反の事案である。

犯行に使用されたセラミックナイフは、先端が尖った切れ味の鋭い刃物であり、これによって被害者が受けた頚部刺創の傷害は、それ自体重篤なものであったが、その部位がわずかにずれていれば致命傷になったとみられるのであって、本件は、極めて危険性の高い犯行であったといえる。また、被告人は、被害者が被告人に気を許して無防備であるのに乗じ、秘かに用意した凶器で被害者の背後から突然攻撃に及んだものであって、犯情悪質といわざるを得ない。被告人が本件犯行に及んだ動機は、借金により精神的に追い詰められていたという点にあるが、その借金は、もともと被告人がバカラ賭博に深入りしたことなどによるものであって、その間に特段酌むべき事情があるとは認められない。また、被害者は、本件犯行の三日前には、被告人から請われるまま現金五万円を小遣いとして与えるなどしていたものであって、被告人の恨みを買うような点はなく、格別の落ち度があったとはいえない。しかるに、被告人は、今日に至るまで被害者に対して具体的な慰謝の措置を講じておらず、被害者は、被告人に対し重い処罰を望んでいる状況にある。さらに、被告人は、平成七年五月一八日横浜簡易裁判所において賭博罪により罰金二〇万円に処せられたことがあるほか、同月二五日横浜地方裁判所において不法残留の罪により懲役一年、執行猶予三年に処せられた前科があり、本件は、右執行猶予期間中にあえて再度来日した上で犯されたものである。以上のような点に照らし、被告人の刑責は重大であるといわざるを得ない。

そうすると、被害者が負傷しながらも被告人の腕にかみつくなどして抵抗したため、強取の点は未遂に終わっていること、被告人は、犯行の直後に被害者から怒鳴られると、その場で謝って反省の態度を示しており、当公判廷においても被害者に対して本当に悪いことをした旨述べて本件犯行を反省していること、前記不法残留の罪に係る執行猶予が取り消されて刑の併合執行が予想されることなど、被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても、主文掲記の刑に処するのはやむを得ないところと考える(求刑-懲役八年及びセラミックナイフの没収)。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井敏雄 裁判官 長瀬敬昭)

裁判官 上田 哲は在外研究のため署名押印することができない。

(裁判長裁判官 永井敏雄)

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